トイレに閉じ込められる

公開日:  最終更新日:2015/06/01

閉じ込められる。そんな非日常的かつスリリングな単語が、なんの事件性もなく惰性で起きるのがハノイ。。なのかどうかはわかりませんが、ベランダに出ている間に子供が内側からオートロックの窓を閉めて閉じ込められた(締め出された)、エレベーターが階と階の間に止まって閉じ込められた、ドアノブが壊れてトイレに閉じ込められたなどなど、こちらに3年も住むと周囲の誰かの身におきると思っていただいていいかと思います。今日は割と難易度が低い(?)トイレに閉じ込められたときのお話。

私がトイレに閉じ込められたのはハノイに来て二度あるのですが、一度目はたいした時間もかからずに出てこられました。二度目は現在の住まいに移ってから、ちょうど一年ほど前のこと。その日はなんの前兆もなくやってきたのではありませんでした。その一ヶ月ほど前からトイレのドアノブを開ける際にひっかかるような感覚があり、ラッチボルトと呼ばれるノブを回したときにぴょこぴょこ動く部分が引っ込みきらなくなっていたのです。最初は開閉に支障のない感覚的なものでしたが、次第に開きづらいことが増え、ハウスキーパーのオアインさんに報告するも、大家さんにして家中のメンテナンスをすべて一人でこなすタフなおじさんヴィエットさんが忙しいので、また時間のあるときにと流されていました。そうしてヴィエットさんが来るのを待つこと一週間余りたったある日の夜、ドアノブはねじきるようにして回さないとドアが開かないという事態にまで悪化していました。その夜、これは本当にもう限界だから、明日からはトイレをきちんと閉めてはいけないな、と強く思いました。

体で覚えるという言葉がありますが、これは実際には体の動かし方を小脳と大脳基底核という部分が記憶することで無意識に体が動くようになることで、覚えているのはやはり脳のようです。手続き記憶と呼ばれるこの記憶のされ方は一旦記憶が形成されると一連の動作を自動的に無意識に行うものだそうです。トイレに入ったらドアを閉めるというのが手続き記憶なのかどうか定かではありませんが、とにかく開けたら閉めるの習慣で翌朝、昨夜心に強く思ったはずのトイレのドアを閉めてしまい、難なく閉じ込められてしまいました。

平日の朝遅い時間だったので、夫はすでに出勤済み。上の子の登園準備が終わり、下の子が寝ぼけながら起きてきたところで出かける前にちょっと、、が、こんな事態になってしまうとは。昨夜はがんばったらぎりぎり開いたので、これっきりでいいからどうにか開かないかとがんばってみますが、開きません。自宅にいまいるのは4歳の息子と1歳の娘。同じ建物の1階には大家さん一家とオアインさんがいるはずですが、他の階の住人は時間的に出勤した後でしょう。

まず考えたのは、息子になんとか携帯を持ってこさせるという案でしたが、ドアは床に隙間なく取り付けられています。木製のドアなのですが、ガラスも幅10cm長さ40cmほどで、割っても子供しかいない外側にガラスが飛び散るだけであまりいい具合ではありません。次に考えたのは、息子にがんばってオアインさんを呼んできてもらうというもの。「え、一人で?」と不安そうな声を上げながらも意外と素直に自宅ドアを開けて息子が救援を求めに行こうとしたそのとき、オアインさんが階段を下りてくる足音と声が!なんだ簡単に出られそう、と思ったのもつかの間、オアインさん愛想よく息子に挨拶してそのまま行きそうな雰囲気です。「Chi oi! Cuu em!」と叫んでみたものの、聞こえている気配がない。息子もトイレを指差してみたようですが、もともと恥ずかしがり屋でベトナム語もあまりしゃべらない彼の控えめなしぐさでは気づいてもらえなかったようです。トイレの内部で音が反響しすぎているので、トイレで音をたてても外にはあまり聞こえづらく、外の声は逆に静かにしていないとほとんど聞こえないようです。

ニアミスで終わったもののオアインさんがいることはわかったので、再度息子の派遣を試みる私。息子は不承不承階段を下りていくも、下りきった玄関ホールでなぜか泣き出してしまったようです。息子が泣く声はするもののオアインさんが気がついた様子はありません。母はトイレのドアごしに耳を澄ますことしかできずにいました。すると、息子の鳴き声がなぜかアパートの外側に出て行くではありませんか。そんな大胆な子じゃないのに!息子もこの非常事態を理解しているのか?外に出られるともともと派遣した側の母もだいぶ焦ってきました。どこまで行く気なんだろう?戻って来られるのか?私が夫の帰宅する時間までここに閉じこもらなければいけなかったとしても息子と娘で少なくとも安全な室内にいたほうがずっとよかったんじゃないのか?しかしご飯はどうすればいいんだろう?なんでもいいから早く帰ってきて!母がトイレで空しい思いを爆発させているとトイレの窓の方から息子の泣き声が!!トイレの窓は滑り出し窓という窓の下側がわずかに外に滑り出して開く形のもので、人が顔を出すのには大変無理があります。しかも、窓は床から2mくらいのところについています。が、他に方法がないときはどうにかするものでなんとか顔を出しました(このときの影響でトイレットペーパーホルダーが若干ぐらつくのは秘密です)。のぞいてみると顔見知りの近所に住むベトナム人の奥さんがちょうどトイレ窓から見える路地で息子にいろいろ話しかけているところでした。おそらく彼女が泣いているところをみつけて玄関ホールから連れ出してくれたのでしょう(玄関ホールはご近所さん立ち入り禁止となっています)。トイレ窓からのぞける路地は限られているのでラッキーでした。奥さんはすぐにトイレ窓から飛び出している私の頭に気づいたようで息子を我が家まで連れてきてくれました。これで助かった、、、と思ったのもつかの間、エレベーターで誰かが上がってくる音を息を殺して聞いていて、はっきりいま人が来たという大騒ぎをするタイミングもないまま外が静まりかえってしまいました。心配になって息子の名前を呼んでみると返事が!!どうやら奥さんはトイレにいる母を気遣ったのかそっと息子を送り届けて、そっと帰ってしまったようです。

先ほどの母の思いを尊重するならば、無事に帰ってきてくれただけで小躍りして喜ばなければいけないところですが、人間というのは強欲なものでせっかく近所の人が玄関前まで来てくれたのなら、自分も助かりたくなってしまうのです。表に奥さんが娘さんを遊ばせているのも後押しとなりました(路上喫茶に座ったりしながら長時間遊んでいるのです)。というわけで外でひとしきり泣いてきた息子を再び今度は奥さんのところに派遣。息子も4歳ながらよく怒りもせずに何度も出かけて行ってくれたものだと思います。息子はやはりベトナム語しかわからない奥さんに小さな手で上を指差し、なんとかもう一度来てもらうことに成功。二回目はとてもスムーズに戻ってきてくれました。

それからは奥さんが外出していたオアインさんに電話をかけてくれ、オアインさんが外出中のヴィエットさんを呼んでくれ、大きなかぶ状態に話がとんとんと進んで、朝8時半に閉じ込められてから1時間半後には無事にトイレから出てくることができました。

その一時間半の間、息子は本当によくやってくれました。彼ががんばって下に向かってくれなかったら、出てこられるまで一時間半どころか夜までかかったことでしょう。下の娘はどうしていたか、奥さんが来たあとは下の娘をかまってくれたのですが、それまではベッドでたった一人じっとしていたようで、それはそれで驚異的でした。10時過ぎに息子をようやく幼稚園に連れていくと幼稚園の先生に大笑いされました(その話を含む後日談はこちら)。予定通り夜遅く帰った夫にそのことを話すと「あぁ、俺も今朝まずい!って思ったけど、なんとか出てこられたんだよね」と。なんてこと!私じゃなくて夫が囚われていれば、息子も何度も助けを呼びに行くこともなく、娘も一時間以上ベッドでまんじりともしないでいることもなく、私がオアインさんを呼んですべては丸く収まったのに。思いがけず力になってくれた息子と娘の成長に目を細め、一人でしれっとトイレトラップから抜け出していた夫に目を吊り上げる。トイレに閉じ込められるというのはやはり非日常で、普段と違う家族の姿が見られました。

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