カビと共生は可能か
ベトナム北部の田舎に行くと、ハノイでは感じない清潔感を感じることがあります。
もちろんトイレが水洗じゃなくて柄杓で水を流すとか、水道が錆び付いているとかそういうのはあるんですけど、それにしてもハノイの民家でよくある室内の空気が悪いとか、床が結露でペタペタするほど濡れているとかそういうことがないんです。これには盆地で元沼地というこれ以上考えられないくらい高湿度を保つ条件を揃えるハノイの場所柄とフランス占領下でたくさんの安価で気候にそぐわない(開口が少なくて空気がこもりやすく、熱をよく伝える床や壁で結論しやすい)建物が建てられ、それを継承していることが関係していると思います。そんなカビの温床での生活でハノイの人がどう生活しているのか。
ベッドの天板の裏側が一面かびていたことには以前どこかで触れましたが、そのことを友達のベトナム人フオンちゃんにみんなどうしているの?と聞いたところ、「ベッドの下側なんて見たことないけど、私たちはカビと共生しているの」という衝撃の回答をもらいました。フオンちゃんはいつも私に新鮮な驚きを提供してくれますが、20代のとてもかわいい女の子です。私だって日本にいるときベッドの下を気にしたことはないです(畳と布団の生活だったことも一因ですが)。が、家族全員が一ヶ月に渡って咳込み、寝ている間に特にひどくなるので仕方なくベッドをひっくり返したのです。ちなみにベトナムには「ナム チョン ニャー」という家の中のきのこやカビを表わす言葉があります。一般的な言葉を作る暇があったらきのこを抜けばいいと思うよ、とは言いませんでした。
「カビと共生」はハノイ生まれハノイ育ちの彼女の個人的な感覚で、ベトナムの人が総べからくそう思っているわけではないかもしれません。また、朝夕の気温が下がってきた秋頃にカビがあちこちで発生し、年によっては大発生してみんなが咳こんでいることがあるのですが、そんなとき咳き込んでいるのは外国人とベトナムの地方出身者で、ハノイ生まれの子だけは平気そうにしていたりするので、カビの都ハノイだけの感覚なのかも知れません。
共生というのは二種類以上の動植物がお互いに利点があって生活することをいいますが、カビと共に生きる利点が人間にあるのでしょうか。
私のカビイメージといえば、ちょっと世代が古いですが、鏡餅です。プラスチックの中にパックの切り餅や丸餅が入ってるのを鏡餅と呼ぶようになって久しいですが、ついたお餅をあの形に成形していた時代を辛うじて知っています。そんな生々しい鏡餅を年の瀬から飾って、一月十一日に鏡開きという行事で開いて、ぜんざいでおいしく、、いただけるわけがありません。お餅は年末の頃こそつやつやとして福福しいですが、正月を過ぎる頃にはがっちがちに中まで乾いた凄みのある姿となり、表面は祖母の手肌よりもひび割れ、しっかりカビもはえてきます。ぜんざいにしてもかたくぼそぼそしているので、なるべく鏡餅は避けて、一緒に入れた開けたてのパックの切り餅を自分の器にはよそいますし、なぜおいしそうだった年末のうちに食べなかったんだろうという本末転倒な疑問に苛まれます。餅についたカビはカビた部分だけ切り落とせば大丈夫、と祖母や母から教わりましたが、周囲に化学物質のあふれる最近では目に見えるカビはのけられてもカビが発生させるカビ毒を取り除くのは困難なのでそういうことはしちゃダメらしいです。
人間の食生活はカビの恩恵をすでに受けています。日本食では鰹節や味噌、醤油、ベトナム料理ではニョクマムやマムトム、いづれも欠かせない調味料です。それ以外でも食物連鎖、環境循環では落ち葉などを分解する役割をカビが担ってます。カビはもとより地球環境になくてはならないもの。家で発生させなくてももともと人間と共生していました。家にきのこが生えた場合は、やっぱり抜こうと思います。
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