ベトナムで気分良く過ごすには戦わないこと、思いを全部伝えること

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思わぬところから不意打ちをくらって、気分を害されることがあるのはもはやベトナムあるあるの域なのですが、今日もありました。悪意ではなく親切心からちょっと混乱させられることが。今日は小さな輸入食材店でお買い物をしていたのですが、こういったお店は入ってすぐのところにお菓子を置いてあることがよくあります。タクシーで行き先を告げるのがうまくいかないと、ちょっと遠回りしようかなと思う運転手の割合が上がるのと同じくらい確かに2歳の娘はそのお菓子コーナーにひっかかり、動かなくなるわけです。今日、彼女がひっかかっていたのは輸入物のヌガー。飴やヌガーは欲しがるもののほとんど食べないので、スルーしてとっとと入用のものを探しに行きました。が、まったく後を追ってこないので、ぷらぷら戻ることに。すると防犯対策に店内を回っているセキュリティのお兄さんが娘のそばでにこにこと立っていました。そのセキュリティさん曰く、娘さんがこのお菓子を欲しがっていますよ。うん、うん、知ってるけど、このお菓子は食べないんだよ、と答えると、食べなくても買うといいよ、でないとここを動かないよとの返事。うん?いやいや、絶対に食べないし、食べないだけならまだしも、包みを開けて少し噛んでみては吐き出して私にくれ、また新しい包みを開けるということを繰り返すこと必至なので絶対買いたくない。というか、欲しがって動かないから買ってあげるっていう発想は私にはないなぁと思いながら、娘を促すと何事もなかったかのようにとことこ歩きだしました。その後も行く先々であれが、これがと主張するも流される娘、見回りをしながらセキュリティさんもそんな娘の様子を見守っていたのでしょう。布マスクの柄をむきになって選んでいるときに先ほどのセキュリティさんに声をかけられました。

「娘さんはいくつ?」「2歳」「名前は?普通こんなに小さな子がなにかねだったときに買ってもらえなかったら、泣くと思う」「この子はあんまり泣かないんだよ」というようなやりとりをしたと思います。実際、娘はまだお店でねだると家に持ち帰るが直結していないのか、あまり執着しない性質なのか、しばらくおねだりしていてもふいっとどうでもよくなってしまうようで、こちらがたまには買ってやろうかのうと思った頃にはどうでもよくなっていたり、買い物の途中で眠ってしまったのでさっき欲しがっていたものをこっそり買って帰ったところ(何でこれがうちにあるんだろう?)的な母のわくわく感台無しの冷めた目で見られたりします。が、そんなややこしいことまではいえない不肖、在住5年の私。セキュリティさんの目にはけちけちな外国人母に育てられて、おねだりのために泣くこともできない不憫な子供に見えたのかも知れません。

マスクの柄に気に入ったのがないわーと立ち上がるとなぜかセキュリティさんが娘に手指消毒用のアルコールボトルホルダーを勧めています。それは先ほど娘が指差して「マイメロちゃーん」と呼んでいたもの、の隣にあるノンキャラクターのあまりかわいいとはいえないぶたさん。娘、セキュリティさんがかわいそうなくらい受け取りを拒否中でした。セキュリティさん、値段を示して高くないと主張。手指消毒はずぼらな私はあまり使わないなと思って買わなくなっていたのですが、娘が使うならまぁ買ってもいいかと思い、娘にこれを使ってからご飯を食べるか確認して、「マイメロちゃーん」の方を持たせました。が、移り気な娘はそれから数分後には「マイメロちゃーん」がどうでもよくなった模様。いらない、と言い出しました。いらないの?と本人に確認しているとどこで見ていたのか、再びセキュリティさん登場!

私の確認や止めるかどうかの検討よりも先に、てきぱきとボトルホルダーの状態を確認すると「これは包装をはがされているから、棚には戻せない。買いとってください。」と言い出しました。見ると確かに台紙にシールづけされていたプラスチック部分がはがれ、セロハンテープでどうにかこうにか固定されています。「あぁ、これは確かに。。」と私でも思うレベルの包装の傷み具合です。が、待てよ。これをいま娘がやったのならなんでテープが貼られているんだ?棚に並んでるときにはもうはがれていたから補修の意味でテープを貼ってあるんじゃないのか?こんなに派手にはがしていたらさすがに私も気がつくし。というか、そんなことしそうな2歳の娘に無理やり商品を押し付けようとしていたのはセキュリティさん自身なのに、私が検討する暇もなく現れて「買え、買え」って言ってるのはどういうこと??

前置きが長くなりましたが、ここからが今回言いたかった不意なことで気分を害されない方法です。些細なことで何日も眠れないくらいいやな思いをしたり、自分で納得したつもりでもあとでもやもやしたりしてきた私がいま一番いいと思っている方法は、単純ですが、とにかく何語でもいいから自分の思っていることは全部伝えるです。そもそも向こうだってこちらがあまりわかっていないことはわかっていてひたすらベトナム語でわーわー言っているわけです(ここはベトナムという事実はおいておいて)。こちらのベトナム語が片言だとか、英語が下手だとか、日本語なんてわかるはずないとか関係ありません。何語でもいいから自分の主張は全部言う。怒らずに。言い合いで声が大きくなることはあっても、自分の主張を通すのに怒ってしまうと、あとで自分が罪悪感を覚えてしまいます。ありえない状況に驚いても、絶句してはいけません。自分が正しいのだから流れに任せていればうまくいくと高をくくってもいけません。自分の立場からものを見てくれるのは、基本は自分だけと考えた方がいいですし、空気を読むなんてあってはならないことです。自分の身は自分で大切にしてください。

セキュリティさんにこれは娘の仕業じゃないよとベトナム語で伝えるも、ふりふりと首を振るばかり。埒があかないので、ほかの商品を棚に確認しに行くとやはりほかの商品にはセロハンテープはついていませんでした。それを指し示しながら、もしこれが娘の仕業ならなんで補修がされているんだというようなことを英語と日本語でわーわー説明。熱が入りすぎて、セキュリティさんに静かにと注意されますが、最後には「Okay, sorry.」と言ってもらえました。こんなにエネルギーを使って、拒否したボトルホルダーはお値段46,000ドン(2ドル余り)。買ったほうが早いくらいですが、自分で納得のいかないことをするとあとで自分が落ち込んでしまうのを経験からもう知っているんです。小額の諍いが腹立たしいのではなく、自分の主張を自分で尊重できなかったことが悲しい。もちろんセキュリティさんの差し出がましい主張もちょっと腹立たしいのですが、たとえばこの言い争いのあと、言いたいことを全部言ったにも関わらず私が負けて「えー、これ買うの?まじで?本当に?」ということに落ち着いても不思議とそんなに腹は立たないものです。これはおつりをごまかされそうになったときでも、いらないものまで買わされそうになったときでもいつでもです。おつりをくれっていう。手を出す。近くにいた人に崩してもらう。とにかくいらないって言って去る。行動が成功でも失敗でもどちらでもきっと自分が元気でいられるし、次は成功するって思えます。ヒートアップすることはあるかもしれないけれども、攻撃的になる必要はありません。くだんのセキュリティさんもちょうど同い年くらいの娘さんがいそうな年頃でした。きっと娘のことを本気で不憫に思ったに違いないのです(それはそれで腹立たしいことには目をつむりましょう)。そして、ベトナム人特有の言い争いの後は笑顔で別れる。自分が昔、不可解だったベトナム人の情熱的言い争いとその後の笑顔を実践していることに気づいてちょっと落ち込む瞬間でもあります。

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